Unplugged


いか

「毎度、ご隠居!いはりまっか? お留守でっか?」
「なんや大工の二郎ちゃんかいな、正月そうそう相変わらずの慌てもんやな。ま、こっちお入り」
「あわてもんて、いきなりなんですのん」
「慌てもんやから慌てもんや、ゆうてますんや。お留守でっかて留守やったら返事でけませんやろ。返事できへん者にものを尋ねるゆうのが慌て者やゆうてますのや」
「相変わらずの理屈コキやな」
「え、なんやて?」
「や、まあまあ、そこを見込んでご隠居に頼みがおますのや」
「そこてどこやねん」
「いや、あのね。わたいの兄弟子で達吉っちゅうのが居ましてな、これがもう知ったかぶりでしょうがない」
「しょうがないちゅうくらいの知ったかぶりゆうのも聞いたことないな」
「ほんまにしょうないんですわ。知らん事を知らんと言うた試しが無い」
「ふんふん」
「この間も棟上げの時、立場もわきまえんと施主さんの前でデタラメをいいたい放題。あとでデタラメがばれて施主さん棟梁のとこへ怒鳴り込んできはってもう大騒ぎですわ」
「デタラメてなにゆうたんや」
「それが話せば長いことで……棟梁にしかわからんような材木のことやら、家の方学のことやら挙句の果てに南極のオーロラの仕組みまで」
「そらあ、ひどい男もおったもんやな、信じるほうも信じるほうやけど」
「あ、もうすぐ兄さんここへ来はるんで、なんとかご隠居、懲らしめてやってもらえまへんやろか。人のええ兄さんやねんけど、悪い癖治さんと棟梁に破門にされてしまうんですわ。なんとか助けてあげたい」
「そんなんゆうて兄弟子が懲らしめられるのもみたいんじゃろが。ま、よろし。わしかて、この辺じゃ物知り隠居と呼ばれた男や。他ならぬあんたの頼みや。やってみよか」
「さすが、小理屈ご隠居」
「なんやて」
「あ、兄さん来ましたわ、わたい隠れますさかい」
 ごそごそと二郎が押し入れに隠れますと若い男が現れました。
「ごめんください。小理屈ご隠居ておたくはんでっか」
「二郎ちゃん、どないな紹介のしかたしてるんや、しゃあないなもう。
……ええ、そんなようなもんですけど」
「はじめまして、弟弟子がご隠居がわしに用がある言うよって寄せてもらいましたんや、ええ、わたいは二郎の兄貴分で大工見習いの達吉いいます。この町内では数々の不朽の名作とよばれる建築物を世に送り出した大建築家ですわ」
「これまた大きくでよったな
……見習いの癖に不朽の名作はまだ送り出してないでしょうが。それも町内に」
「ええまあ、そういう人になれたらええなあと。それより用てなんですのん」
「それが、お前さん大層な物知りやと聞いとるんやが」
「そらもう、凡そこの世のことで知らないことはないというくらいで、ご隠居もわからんことがあったら何でも聞いてください」
「若いのに見上げたもんやな。そうか、ほなら教えを請うけんど、いかのぼりってご存知か」
「しるもしらんも、いかのぼりゆうたら端午の節句に軒先へあげる……」
「いや、そら鯉のばりやろ」
「そうそう、そうとも言う」
「いや、そうはいわんで。なんや知らんのかいな」
「か、か、かなわんな、ちょっとした冗談ですがな」
「そうやろ、そうやろ」
「い、いかのぼりゆうたら結構な珍味で」
「ふん?」
「ええっと、いかの……烏賊の、ボリの部分がなんとも珍味で」
「ボリって烏賊のどのへんでっか」
「ボリ、ええっとボリはそのお、烏賊いうもんは脚と胴体と頭と区別が難しいから、どこといわれても……ええい、全くこれやから素人は困る」
「おお、そうきたか。おい、二郎ちゃん、そこの押し入れに置いてあるやろ、それもっといで」
「あれれれ、なんや、二郎われそこにおったんかいな」
「ご隠居これでっか」
 と二郎が押し入れから持ち出したのは大きな和凧でございます。
「これを昔はいかのぼり言うてましたんやがあんさん、これをどないして食べはるんでっか」
「う、う、う、これだけは揚げてもらわんと、どうにもならん」

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わきまえる
(自分の置かれた立場から言って)すべき事とすべきでない事とのけじめを心得る。

不朽
後の世まで価値が失われないで残ること。不磨。

いかのぼり
[雅・関西方言]いか。→たこ(凧)

作者:油野達也



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