Unplugged


ルート66をあとにして

 オールド・ログ・キャビン・インをあとにする。少し風があった。その風が雲をなぎはらい、空は青く晴れわたっている。
 その青さを、モロボシ・ダンは遠い気持ちで見上げた。あの空を飛び、正義のために闘った日々。それほど昔のことのはずはないそれらの日々が、はや、二度と手にすることのない蜃気楼のように思える。
「何ぼんやりしてるんだよ、早く行こうよ」
 磯野カツオが彼を振り返っていがぐり頭を掻いた。
 うなづいて、彼らはルート66を北東へ向かう。石川五右衛門と名乗るもう一人の道連れは、いつものように無口なまま、それでも彼らと歩調を合わせた。
 シカゴはもう近い。ロスアンジェルスを出てからポンティアックまでの日数を思う。
 気がつくと彼らはアメリカのマザーロードを旅していた。新しく巡らされたスーパーハイウェイではなく、もう廃止された古きよきルート66。旅以前の日々を彼らは思い出せないし、旅以後の彼らには旅しかない。
 モロボシ・ダンは、この旅の目的を思い出そうとむなしい努力をする。
 いや、目的はあった。シカゴ博物館の地下室に眠る差し料を手にすること。だがそれが目的といえるのだろうか。それはただ彼らをからめとる使命だった。差し料を手にしていったいどうしようというのか、そのことにどれほどの意味があるのか、ダンは知らなかった。
 ダンはちらりと石川五右衛門を見る。彼がいつも大切そうに手にしている斬鉄剣。差し料などというからには、やはり彼と何らかの関係があるのだろうか。
 こうしてダンはまた思考の袋小路に入っていく。何かが彼を、彼らをからめとっている、そんな強迫観念ばかりが強くなる。
「ねえ、もうとばしていっちゃおうよ」
 カツオがダンに提案し、ダンはそうだ、そんなことが出来たのだと思い出す。一行目でふとオールド・ログ・キャビン・インに現れたように、今いる往来など関係なく、ただほんの一行空けただけで、

彼らはシカゴ博物館の地下室にいるのだった。
 そこは、薄暗い部屋だった。岩石見本が並べられた陳列棚が続いている。その間。部屋のほぼ中央に、腰くらいの高さの陳列台がある。その上には刀かけ。そして。
 長い旅の間、夢にまで見てきたもの。
「失礼つかまつる」
 石川五右衛門が足音もなくダンの傍らを抜け、陳列台に寄った。左手を伸ばし、差し料を手にする。
 やはりこの男か。ダンは思った。
 だが、次に五右衛門がとった行動はおよそ彼の予想を超えていた。
「ごめん」
 五右衛門はひとこと断ると、それまで彼をからめとっていた何かを断ち切り、その場から消えてしまったのだ。いつもなら言うはずの、またつまらぬものを斬ってしまった、というセリフさえなく。
「何だ、そうすればいいのか」
 それを見ていた磯野カツオが、五右衛門の残していった差し料を手にして、おじさんお先に、の言葉とともに、やはり彼をからめとっていた何かを断ち切った。
 残されたのはモロボシ・ダンひとり。
 しかしダンにもそれは見えたのだった。彼はカツオが残していった差し料を拾い上げた。白刃の鈍い光を確かめる。それからダンはこちらを振り向き、この物語を

 そうして、あなたひとりが残される。
 あなたの日常の中で、一差しの差し料さえ、手元になく。

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日数
(1)何かをするのに要する(実際に何かをした)時間の分量。(2)にっすう。

差し料
「佩刀」の意の和語的表現。

往来
(1)ゆきき。(2)道路。通り。(3)生活に必要な物の名を手紙文の中で列挙した、昔の教科書。

作者:小橋昭彦



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