Unplugged


裁き2

海の上にいた。
海面に浮かんでいるわけでなく、空中にいた。そこから切り離されたかの如く高々度で、いた。海は凪いでいる。風はそよ風である。しかし私は何にも頼る事がなく浮かんでいる。水平線が曲線を描くほどの高さで浮かんでいる。両手両足を広げ大の字でまるで落下速度のないスカイダイバーのように。

先ほどまでの辛さはなんだ? フォービズムの画家が彩ったかのような色彩から一転して青と緑が調和したものが私を包んでいる。色の粒子が眼に見えるようだ。でも落ちないのはなぜだ。漂うのにもどかしさを感じるが身動きはできない。

「振り返りなさい」女の人の声がする。
「お前はどのように生きてきましたか」
質問を肯定の形で母の声音に似た声が聞こえる。かすかに。
「海から切り離される悲しみを、淋しさを私に負わせるのでしょうか?」
「虫や獣の争う世界は、行く当ての無い歩みの辛さは、艱難の入り口にしかすぎません」
「私は振り返ることができません。涙が溢れて考えがまとまりません」
「お前の回想はお前の全てを。悲しみに至る生は小序にしか過ぎないのです」
私の浮かぶ高度が上がる。
「母さんから離さないで!」
海面に到着したい。暖かい海中に戻りたい。水面から離れる事は母から離される事のような気がする。気付かぬうちに私の姿は少年のころに戻っている。

高度が上がると息苦しくなった。酸素が少ないのだろうか。既に海は地球の形になってしまった。裁きは苦悶といいしれようのない刹那さを以って過去形の生を何度も私に思い出させることで始まった。それは果て無く続く回帰への旅なのか。私にはもう、わからなかくなっていた。

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小序
[自分の著作物に対する](短い)序文。

フォービズム
[フ fauvisme,fauve=野獣]二十世紀の初め、フランスのマチスなどが起こした絵画運動。単純化と強い色彩が特色。野獣派。

少ない
(1)同種の他のものに比べて、より小さい数量だ。
(2)その状態の存在(実現)の度合いが思ったより低い。

作者:油野達也



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