Unplugged


賭け将棋

「ご隠居、いてはりまっか?」
「おお、二郎ちゃんか、まあまあ、こっちへお入り」
「今日は、おまはんに仕事をやろうとおもうてな」
「そら小遣いには困ってますけどわたいは重いもん持ったりしんどい仕事は嫌でっせ」
「楽して稼ごうなんて思うてるから三十路過ぎて一人身で職もないんや、まあそれを見るに見かねての話なんやが、おまはん将棋が得意やったなあ」
「得意も何も自慢は将棋の腕くらいで」
「将棋の相手を探してるお金持ちがおってな、相手するだけで日当がでる」
「へー、そんなええ話があるんでっか、すぐ行きますがな」
「あ、ちょっとまちいな話は最後まで…」
ということで話もそこそこに慌て者の二郎がやってきましたのはその金持ちの邸宅でございます。
「あれ、これは4丁目の金持ちババアの家やないか、独り暮らしの金貸しで随分ため込んでるとはきいとるけど…ごめん下さい、ごめーん」
「はいはい」と出てまいりましたのは御歳五十頃の脂ぎったぶっさいくなオバサンでございます。
「2丁目のご隠居に紹介いただきました将棋指しでおます」
「あら、ええ男うふふふふ」
「なんかいやな感じやなあ、ま、ええか」
「なにをぶつぶつ言うてるのこちらに用意はできてるのよ」
「え、将棋は奥様が、」
「そうよ、悪い?」
通されました和室には正目がとおった萱の立派な将棋盤がございます。
「あんたが勝ったら一両あげる、でも負けたら一晩アタシの自由になるのよ」
「え、そんな話が…あ、ご隠居が話は途中と言うてたのはこのことかいな。しもたなあ、こんなトドみたいなオバハンと」
「なんやて?」
「まさかこのワシがこんなおばはんに負けるわけもないやろ。まええわ」そこは町内一の向こう見ずな慌て者、目先の一両に目が眩んで勝負を引き受けてしまいました。
勝負が始まりましてあっという間に二郎は負けてしまいます。
「あいたたた、やられた」
「じゃあお約束ね、久しぶりだわー、じゅるじゅる」涎をすすりながら、さっと襖を開けますと、なんと次の間には何度も綿うちに出して使えるような上等で大きな布団でございます。
「いや、それは、それだけは堪忍や」二郎も抵抗いたしますがなんせ嫁なし職なしで栄養失調、かたやでっぷり太った金持ち女の腕力はそれはごっつい、あたふたする二郎をぽーんと突き飛ばしまして布団の上に押し倒します。そこに覆い被さられて耳朶に吐息をかけられて、大慌ての二郎は女を冷静にしようとなんとか将棋の話に持ち込もうといたします
「あああ、あの時、間駒一枚あれば逆転できたのに」
火が点いた女の体というもの、そんなことでは収まりません、股間をま探りながら
「それはそれは残念ね、おほほほ…あら、こんなところに車(やり)が隠れてるわよ」

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耳朶
[もと、「耳たぶ」の意]「みみ」の意の漢語的表現。

[将棋で]「香車」の略。

綿打ち
綿弓で綿を打って柔らかくすること(人)。

作者:油野達也



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