Unplugged


裁き

もう三日間、太陽が昇ってこない
隅々まで塗り潰された闇が広がるばかりだ
街のあちこちから、物の壊れる音や悲鳴が聞こえる
これが、<最後>なのか・・・?

自分の手の平さえ見えない
妻はどこに行ったのだ?
娘も学校に行ったままではないか
それにしても、空気が冷たい・・・

突然、雷鳴にも似た声が僕の胸座に突き刺さる
「おまえの人生を総括せよ」

全身から汗が噴き出る
「ついにその時が来たのか・・・!」

創造主の御許に跪く時が
いつかは来るのではと思っていた
それなのに僕は、ついに自分で動き出すことをしなかった
蒔かれた種は必ず芽を出し、刈り取りの時を迎える
それが、<今>なのだ!

一瞬のうちにそんなことを考えた

突然、目も眩むほどの白色光に包まれる
次の瞬間には歩いていた
峻険たる崖がうねるその中腹を
何千、何万の群集に混じって登っていた
崖下を見おろせば、巨大な蛆虫が悶えている
見ていると、その腹を食い破り、体内から数頭の羊が現れ出た
蛆虫はぐったりとなり動かない・・・
しかし誰一人としてそれを気に留める様子もない
ただただ、囚人のように何かしら唱えながら歩くだけだ
あれが見えるのは僕だけなのか・・・?

僕はここで何をしているのだろう
これは夢なのか
しかしいやに意識がはっきりしている
それどころか裸足で踏みしめる崖道や
群青色の空に浮かぶ黒い月
遥かに聞こえる櫂のきしむ音
そして目の前を歩く小太りの男・・・
これはとても夢なんて単純なものではないぞ

何時間歩いただろう
不思議と疲れをまったく感じていない
相変わらずの崖と重い靄は続く
ふと崖下を見おろすと、
体の半分を食い尽くされた蛆虫が横たわっている
さっきの場所に戻ってきたのか・・・
驚く気持ちさえ湧かなくなっているようだ

次の瞬間、僕は高い丘の上に立っていた
緑の草原が広がり、心地よい風が頬をなでる
辺りを見まわすと、白い服を着た人の群れが和やかに語らっている
見たことのある顔がいる
あれはマザー・テレサだ
ネルソン・マンデラもいる
見たことはないが、あれは日蓮ではないか
なぜわかるんだ

ネルソン・マンデラが近づいてきた
「カムコ、久しぶりだな」
「元気そうじゃないか、タケラ」
そうか、僕は帰ってきたんだ
「人生はどうだった?」
「う、うん・・・ あまりうまくいかなかったよ」
「うまくいかなかった? ・・・おい、大丈夫か?」
「多分だめだ」
「だめって・・・ そんなことないだろう」
「戒めを守りきれなかったよ」
「人を愛したか?」
「僕の手には大きすぎたようだ」
「・・・きっと何とかなるさ」
「そんな容赦はないことくらい、十分わかっているよ」

背中にとてつもないショックを受ける
次の瞬間には歩いていた
さっきの崖道だ
今度は一人だ
回りには誰もいない

空が巨大なスクリーンになっている
そこにいるのは僕の両親と、生まれたばかりの僕だ
僕が送った人生がどんどん映し出されていく
これから公聴会が始まるのか・・・
とてつもなく絶望感が溢れ、僕は大声で泣き出した

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御許
(手紙で)「おもと」の丁寧語。

それどころ
(「それどころか」「それどころではなく」の形で)そんなのんきなことを言っている場合ではないという気持ちを表す。

峻険
山がけわしく高い様子。

作者:織村徹也



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