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ライバル
「ひさっちゃん、ひさっちゃんだろ」
同窓会の顔ぶれの中に見えた丸いその顔に、野口幸雄はは思わず声をかけた。
「のぐっちゃんか」
野々村久志も彼のことを覚えていた。昔の呼び方で声を返す。
「久しぶりだなあ」
「久しぶりなんてもんじゃないよ、中学卒業以来だから、もう二十年になるんだぜ」
「おまえ、かわんないなあ」
「よせよ、ガキんときから変わってないなんて気持ち悪い」
話し始めると昔と同じように、言葉があとからあとへ口をついて出た。
昔。そう、あのころ、野口にとって野々村は何をやってもかなわない相手だった。野口が学級委員をやるのはたいてい二学期で、野々村は一学期を担当した。野口がマラソン大会で六位の時、野々村は五位だった。意識して競っているつもりはなかったのだけれど、なぜかそうなってしまうのだった。
「俺はいつも大弐だなあ」
日本史をやっていて知った大宰府の次官に形容して、野口は笑うのだった。野々村がいて、そして野口。第二番目、大弐。
そんな二人も、中学を卒業してからは、お互い行き来が無くなった。違う町の高校に進学したためでもある。
ときどき、共通の友人を介してその消息を聞いた。野口は大学に進んだが、野々村は田舎でおやじの農場を継いだ。野口に最初の子供ができた頃、野々村が結婚したと聞いた。
いつしか俺の方が先になったのかな、野口はそんなことを思ったりもした。それはどことなくこそばゆいような思いだった。
久しぶりに会った野々村の顔は、日に焼けて赤かった。農場での苦労を語るのだろう、手は節くれだって荒れていた。
「おまえ今何やってんだ」
野々村に聞かれて、
「代理店の営業だよ。クライアントに頭を下げる仕事さ」と野口は答える。
「たいへんだな」
「おまえこそ大変だろ、身体だってきついんじゃないか」
「まあな、お互いさまか。昔から俺たちって、並んでやってきたもんな。並行してさ」
田舎では夜が早い。一次会で分かれて、野口は実家に寄った。昔のアルバムを見てみる気になって、押し入れの中をひっくり返した。荷物の上に古新聞が敷いてある。ほこり除けに母がやったことだろうか。その一枚をはがそうとして、ふと手が止まった。
地元新聞だった。野口は、自分の手を止めたそれに目を落とした。
野々村が白い歯を見せて笑っていた。「全県乳牛品評会で最優秀賞を得た野々村さん」とキャプションにあった。
野口はそのまま動かなかった。野々村の笑顔は、ちょっと照れているようでもあったが、光の下で、ずいぶん眩しかった。
「おれたち並んでいたもんな」野口の頭に、野々村の言葉がよみがえった。
あいつはおれと競っていたわけではなかった。競うつもりなど無く、同じ立場の友人として見ていたのだ。あいつが一位で自分が二位。そう決めてどこか距離を置いて付き合っていたのは自分だけだった。
押し入れの中で、野口は野々村の笑顔をじっと見つめ続けた。
やっぱりいつまでたってもあいつにはかなわないな、そう思いつつ。
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- 並行
- (1)並んで行く(交わらないで通っている)こと。
(2)相互に関連(似た点)のある物事が同時に行われること。
- 大弐
- 太宰府の次官で、小弐の上。
- 競う
- 互いに負けまいと張り合う。
作者:小橋昭彦
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