架橋
[今日の雑学 11.29]
源氏物語・宇治十帖には、ヒロイン浮舟が宇治橋を牛車で渡る印象的なシーンがある。平安貴族が宇治の別荘に通う典型的な様子。
ところが、源氏物語が成立した11世紀はじめにほんとうに宇治橋が架かっていたか、あったとしても渡れる状態だったかどうか、学者の間でも疑問があるという(朝日11月28日)。宇治橋には平安から室町時代にかけての3分の1以上、渡れない時期があった。
当時の橋は50年も持てばいい方で、794年の平安遷都以降、宇治橋は何度も架け替えられている。架橋は大事業だけに、空白期間が長く続くときもあった。紫式部の生きていた間は、ちょうどこの空白期間にあたる。実際、紫式部のパトロンだった藤原道長は、宇治の別荘まで京都から舟で通っていたのだとか。
明石大橋をはじめ、いまでも架橋は大事業。今後、それらの橋からどんな物語が生まれることか。現代において橋を行き交うのは、ゆったりとした牛車ではなく、排気ガスを吐いて疾駆する車の列なのだけれど。
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