にせ金づくり
[今日の雑学 11.22]

 奈良市柏木町の平城宮跡から、貨幣工房と見られる遺跡が発掘された(朝日11月21日)。765年から鋳造が始まった「皇朝十二銭」のひとつ、神功開宝の鋳型やるつぼ、ふいごなどが見つかったもの。
 皇朝十二銭は奈良、平安時代に計12種類発行されたもので、神功開宝は、和同開珎、万年通宝に次ぐ三番目の貨幣。発見された中には原料の銅などが縁にはみ出した「バリ」が付いたままの未完製品などもあったとか。
 不思議なのは、銭をつくる役所「鋳銭司(ちゅうせんし)」は、当時主に地方にあったとされていること。正史である「続日本紀」にも平城京内にあったという記述がない。にせ金が多く流通するようになったので760年に銭をつくり替えた、という記載はある。とすると、今度見つかった工房跡はにせ金工房だったのか。
 ちなみに、出土したのは平城京南部の役人の屋敷跡と見られる場所で、廃棄した井戸の中。役人が不正をはたらいていたのかどうか、昔も今もこの手の疑惑のタネは尽きないようで。



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Unplugged今日の雑学>1998.11.22