大岡忠相
[今日の雑学 04.04]
大岡忠相、あるいは大岡越前守といったほうが通りがいいだろうか。「大岡裁き」で有名な江戸町奉行である。
彼ははじめから江戸町奉行の職を約束されていたわけではない(日経4月3日)。山田奉行という幕府の遠国奉行についていたころの行動を評価されてのこと。
山田奉行というのは、天領の伊勢山田を支配・管理するポスト。当時、この地とお隣、紀州藩領の間で領土争いがあった。紀州徳川家といえば徳川御三家の一つ。変に領土裁定を下し、にらまれては怖い。山田奉行の任期は2年から3年だったので、その間は波風立てないでおこうと、歴代の山田奉行は裁定をひきのばしていた。
それを、大岡奉行は調査をし、紀州藩側に不利な形で裁定を下したのだ。もちろん紀州藩側は怒ったろうが、理にかなった裁定だった。この時の紀州藩主、徳川吉宗。そう、八代将軍である。
吉宗は将軍になって、大岡を江戸町奉行に抜擢した。あえて裁定を下した気骨に感心したのだ。気骨。現代の官僚には忘れられた言葉じゃないだろうか。
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